『こまったさんのカレーライス』を作ってみました
『こまったさん』を知っていますか
『こまったさん』をご存知だろうか。
30~40代の方々はご存知だと思うが最近の若者たちは知らないかも知らないので説明すると、『ぼくは王さま』などの人気作を手掛けた寺村輝夫の作品で、『かぎばあさん』シリーズ等で知られる岡本颯子がイラストを担当している、かれこれ30年以上読み継がれている児童書シリーズである。
この作品の特筆すべきところは、ストーリーを追いながらお料理の作り方を学べるという点にある。
今でこそ料理やお菓子作りを紹介する児童書は、絵本、童話、ハウツー的な読み物など数多くあるが、このジャンルの先駆け的な存在であると言っても過言ではない。
ルルとララはハワイアンパンケーキとか作っちゃうんだね……と感じるジェネレーションギャップ。
わりと本から世の理を学ぶタイプだったわたしは「大人になったら、わたしもこまったさんのように料理に困っているのかもしれない」「その時は、こまったさんの料理を作ってみよう」などとかわいいことを考えたものだが、今現在、何かと無茶ぶりをするヤマさんのような夫はいないので料理に困っていないし、そもそも大人になってもたいして料理していない。
人生って思い通りに行かないものですね。
叶わないことも多い人生だから、せめて「こまったさんの料理を作ってみよう」くらいは叶えておこう。
そう思い、『こまったさんのカレーライス』を作ってみることにした。
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まず材料を読み取ろう
久しぶりに『こまったさん』を読み返して驚いたことがいくつかある。
先ほど軽く触れたように夫のヤマさんが当日になって突然友達を家に呼ぶからご馳走を作ってほしいなどと言ってくる無茶ぶりKY野郎だということもそうだが、それ以上に本の中に明確なレシピが書かれていないことにも驚いた。
この手の本の巻末ページはだいたいレシピになっているが、『こまったさん』では、そこは寺村先生によるカレーライスエッセイだったのだ。
わかい女の人に、
「あなたのとくいなお料理は?」
ときくと、
「お料理はだめなの。でも、カレーライスぐらいなら……。」
とこたえる人が多いのです。
という記述があったが、今の時代だったら若い女性に得意料理を尋ねるだなんてセクハラだとか言われないだろうか。
そんなわけで、『こまったさん』に関しては材料は物語から読み取っていくしかない。
ちなみに、『ムノくん』はペットの九官鳥の名前である。鳥の言葉ってそんなに気にかかる?
これを読む限り、こまったさんはポーク派で、具材はじゃがいも、にんじん、たまねぎとシンプルなタイプであることがわかる。
そこで、このように材料を用意した。
材料を用意する上ではいくつか気にする点もあった。
りんごとか、スーパーマーケットのシーンに出てこないのに突然出てくるからね。
この時点でうすうす感じたのだが、こまったさんレシピは案外初心者に優しいものではない。
最初に材料を提示せずに小出しにしてくるし、出てきた材料の分量も教えてくれないし、豚肉にいたっては量はもちろんのこと部位の指定もない。
私はスーパーで安売りしていた切り落とし肉を使ってしまったが、料理などしたことのない小学生だったら
「豚肉ってどれを買えばいいの?」
と悩んでいたと思う。
寺村輝夫先生は子ども相手にもかなりスパルタだ。
調理も結構スパルタだった
それでは調理を始めよう。
こまった式レシピの特徴は、細かく指定するところと調理者におまかせなところが両極端なことだ。
調理のポイントには『ムノくんマーク』が付いていているのだが、ポイントってそこ?とか、説明それだけ? みたいなことも無くはない。
『キツネ色になるまで~』とか『うっすら色付いたら~』みたいな曖昧な指定ではなく、しっかり時間を決めてくれるところは初心者にはありがたいと思う。
だが、普通の初心者向け料理本にありがちな「たまねぎは5ミリくらいに切る」とか「左手は猫のように丸めてたまねぎを押さえる」みたいなアドバイスは、一切無い。
具材の大きさも包丁使いも、すべて読者次第である。
ただ、たまねぎを切って目が痛くなることに対しては細やかなアドバイスをくれる。
本当に水中めがねをかけて調理するピュアな小学生がいるのか分からないが、今回はこまった流でいくと決めているので、わたしはそれに従う所存です。
たまねぎは「きざむ」とあったのでみじん切りに、にんじんとりんごは「すって」とあるのですりおろしたが、肉とじゃがいもに大きさの指定は無いので適当に切った。
準備が整ったところで、本格的に火を使った調理へ移行していこう。
まず、バターでたまねぎを炒める。
そこに肉を投入して炒める。
そして、すりおろしたにんじんを入れる。
普段はにんじんはいちょう切りか乱切りかで悩むのだが、悩みが解消された。
ところで、調理を始めてから気付いたのだが、時間は細かく指定しているわりに火加減についてはまったく記載がない。なので、ここまでの調理は何となく中火で行っている。
そして、十人前くらいの水を入れて煮立たせる。
煮るときの火加減についても特に触れられていなかったので、弱火~中火くらいにした。
煮立ったらじゃがいもを入れる。
こまったさんは煮立った鍋を前に芋の皮を剥き始めるという手際のよさを発揮するのだが、手際がそんなによくないわたしはこまった流でいける自信がなかったので、事前に皮を剥いておいた。
じゃがいもが煮えたらカレールーを入れる。
十人前なので、半分ずつ使った。
ついでにりんごもいれる。
ここでも、こまったさんはルーを投入してからりんごを入れることを思い付いてすりおろしていたが、手際に自信がない人は事前に用意しておいた方がいい。
そんな感じで完成したものがこちらです。
適当に作るときにありがちな「水分多すぎてバシャバシャになる」という失敗が、すりおろしたにんじんとりんごのおかげで防げるのがありがたい。
あと、一日目からすでに二日目くらいの煮込んだ雰囲気があって、まろやかで美味しい気がする。
ただ、これを子どもが作る場合、普段お手伝いをしていてある程度調理に慣れているお子さん、あるいは不慣れであっても大人と相談しながら作るなら大丈夫だと思うが、料理初挑戦で『こまったさん』頼りで作るのは相当ハードルが高いと思う。
大人の私ですら豚肉の部位、スライスかブロックかは大変悩んだのでそのあたりと、あとは火加減について記載があると非常に助かります。
さらにスパルタの一品
本題であるカレーライスは無事作ることができたが、実は、この本にはもう一品載っている。それがこちら。
さっきまで豚肉と野菜でカレー作っていたのでは……と戸惑うかもしれないが、これはご飯を炊き忘れていたこまったさんが、ご飯が炊けるまでの間をつなぐためにヤマさんとその友人に酒の肴として出す料理だ。
児童書なのに酒の肴って……
そもそも、いかがあるのに何でシーフードカレーにしなかったの? と思う方もいるかもしれないが、これは調理終盤になってカレールーを買い忘れていたことに気付いたこまったさんが慌ててスーパーマーケットに走り、何故か間違っていかも買ってきてしまうという超展開があったためだ。
作り方についての記述は、以下の通りだ。いかだけに。
これは、カレーライス以上のスパルタぶりだ。
カレーライスなら完成形を知っているし、最終的にカレールーが何とかしてくれるので、調理工程が説明不足でも作ることは可能だった。
あと、スーパーでいか一杯(さばかれてない)を買ってきたこまったさんがこのようにいかを調理しているが、もちろんさばき方についての説明はない。
いまいち完成形が不明な『いかカレー』を作るのにレシピが簡素すぎるし、何より、料理初心者の小学生がスーパーでいかを買ってきてさばくのは相当ハードルが高いだろう。
とにかく、不安が残るものの調理していこう。
まず、いかを準備する。
わたしは大人なのでイカくらいさばくけれど、子ども時代にやろうと思っても絶対無理だったと思う。
この時点では、案外美味しくできるんじゃないかと思っていた(伏線)。
そして、カレー粉を入れる。
カレー粉を入れて火にかけるうちにトマトから水分が出てきて見た目がどんどん変わって来て、このあたりから不安が出てきた。
こまったさんの方はいかがリング状になっているのに対し、わたしはいかをさばく時に身を開いてしまったためリングになっていないのだが、それはまあいい。
問題は、わたしの方が明らかに水っぽいことだ。
どうにか水分が飛ばないかと強火で煮込んだりしたが、トマトといかの水分が飛ぶだけなので諦めた。
そして、最終的に出来上がったものがこれだ。
酒の肴というよりは、ご飯にかけて食べそうな感じのビジュアルである。
不安は残るものの、コーラのつまみに食べてみた。
正直言って、マズかった。
味付けについても何の説明もないので、炒めるのにバターを使ったのと、いかをさばいた時に軽く塩を振った以外、味付けはカレー粉のみにしたのだが、カレー特有のスパイシーさと少しの辛さはあるが基本は水っぽいトマト味しかしなかった。
強火で手早く調理し、全体にカレー粉が混ざったらすぐに火を止めていたらよかったのだろうか。後悔が残る。
大人でも失敗するいかカレー、これを児童書で紹介するなんて寺村先生はとんだドSである。
しかし、わりと大量に出来上がってしまったいかカレーを捨てるのも忍びないので、二日目のカレーに残りを入れたら、これが大変美味しかった。
いかの旨みとトマトの酸味が加わってカレーがさらに美味しくなり、また、いかカレーのまずさもカレールーという絶対王者の前ではなす術もないということも分かった。
カレールーさえあれば、失敗などどうにでもなる。カレールー最強。
こまったさんは上級者向け
こまったさんが思った以上に調理の説明をしないため、意外と大変だった。
特にいかカレー。
いかがリングになっていないのは完全に私のミスだが、水っぽさについてはトマトの分量や調理時間、火加減など指定してくれたら防げたのではないかと思う。
なんでも言われるままにするのではなく、イラストを見てどうしたらこの材料が完成形に近付くのかを自分で想像してみなさい、という寺村先生からのメッセージだろうか。
あるいは、失敗しながら成長していけばよいということか。
寺村先生が児童に求める料理のレベル、高すぎはしないだろうか。
もし、将来自分の子どもが『こまったさん』を読んで料理を作ってみたい!と言い出したら、「最終的にカレールーが何とかしてくれるから、失敗しても大丈夫だよ!」と経験者として伝えてあげたい。